スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Tag:スポンサー広告 

[ミラン]カカ「僕はこんなにも多くの夢を叶えたんだ。」

2014年3月29日、ミランでの公式戦300試合出場を目の前にしたリッキー・カカのインタビューがコリエレ・デッラ・セーラ紙に掲載される。
ここでカカはやや衝撃的な告白とともに世間を騒がすことになる。
これもまた本人が望んでいたものではないだろうが。。。



まずは彼が初めてミランへ移籍する前のエピソードを語る。
「2002年1月にブレシアの会長がサン・パウロに会いに来たんだ。僕をブレシアに獲得しにね。それからインテルが来た。でも、サン・パウロは興味を持たなかった。日本でのワールドカップがあったから時間を掛けようという決め事だったんだよ。」

次に2度目のミラン移籍について。
「(昨夏の)お迎えは思っていた以上に温かいものだったね。一方で、シーズンは僕の予想通りにはいかなかった。でも、僕は危機を成長可能な時と捉えるんだ。どんな偉大なチームだってそこには問題を抱えていることを思い出そう。それがサイクルだよ。フットボール、いや、人生の一部なんだ。ミラン帰還を後悔したことは1度もない。僕の意思は強かったし、僕は今幸せなんだ。」
今のミランでのカカがあるのは、レアルマドリード時代があったからでもある。そう思わせる語りが続く。
「今の僕はより経験を積んでいて、より成熟している。マドリードでの経験は散々なものだったけど、僕の人生にはまだ重要なものでもあるんだ。4年間は困難だった。でも、僕は蘇ったんだよ。」
カカのレアルマドリードは、ジョゼ・モウリーニョのレアルマドリードだった。
「僕は彼に自分がチームにとって重要であることを証明しようとしたんだけど、少ししか起用してもらえなかった。でも、僕は常に彼の選択を尊重していたよ。今でも、時にそう感じる。2009年にマドリードに行った時はまだ怪我はしていなかった。2009年はブラジル代表としてコンフェデレーションズカップでプレーしていた。僕はより良い選手だった。でも、4ヶ月後、選手にとっては最悪の問題、グローインペインが見つかってしまった。」
こうした我慢と様々な戦いを経て、ついに復帰したミランではまた別の戦いがあった。
「(様変わりしたミランに帰還したことについて)歴史を感じる。人々の愛情がミランに重要性を与えているんだよ。多くの人間がミランで上手くやって、この状況から抜け出すに最善なことがしたいんだ。フットボール界やこのチームでの僕の物語は僕の思っていた以上にとても美しいものだったね。僕はこんなにも多くの夢を叶えたんだ。」
挫折を乗り越えながらリベンジを果たすことで栄光の歴史の一部となったカルロ・アンチェロッティのミランを知り、困難と苦悩に満ちたミランを知る人は少ない。カカはその両方を知ることとなった。
「今のミランで誰が、僕のミラン第1期の面影を残しているかって?難しい質問だね。異なる時があって、異なる状況なんだ。。。」

話題は変わり、久々の再会を果たした元チームメイトで、監督のクラレンス・セードルフについて。
「僕は彼をミステルって呼べなかった。。。ただ、クラレンスって呼んでたよ。妙な状況だった。多く語れるとは思わないけど。彼にとってはこれが初めての監督経験だし、彼がそのアイデアを現実に移すことができていない間は当然、それらを説明しなければならないね。僕が彼にアドバイスをするか?僕はそういうイニシアティブの取り方は好まないんだ。そういうことはしていないだろうね。でも、彼から尋ねられたら。。。クラレンスはこんな難しい状況下にあるとは予期してなかったと僕は思うよ。」

ミランでの公式戦300試合出場。この1つの大台に乗るタイミング、ミランがUEFAチャンピオンズリーグの出場権を失うのが確実な現状、質問は自身の将来についてなされる。
「いつかアメリカでプレーしてみたいね。どうなるか見てみよう。シーズン終了時にガッリアーニと話し合いたい。ボーナスやお金の問題としてだけじゃなくてね。今は僕にとってお金は主要な問題じゃない。このことは理解してもらえるだろうと思うよ。彼とフロントのアイデアがどうなのか理解しておきたいんだ。とにかく、もし僕がチームを変えなければならない場合はアメリカになるだろうね。300試合の後、さようならを?いや、そんなことは言っていないよ。」

第1期ミランについて振り返る。
「(ミランで最も重要だったゴールを聞かれ)あれは確か2007年5月2日、サン・シーロでのマンチェスターユナイテッド戦のもの。力でねじ伏せないといけなかったね。僕達は完璧な試合をした。」
「(ミランで最も美しいゴールを聞かれ)その前の1st legのオールド・トラフォードでのゴール。」
「(ミスを1つあげるなら。)ラ・コルーニャでのデポルティボ戦。まだ0-0あった。でも、右から崩されて、4-0で負けてしまった。」

そんなカカから見て、今のミランの選手はどう映っているのだろうか。
「世界は変化しているね。僕がミラノに来た時には携帯電話なんてものはなかった。でも、若い選手がいるよ。例えば、デ・シリオはミランで育った。メンタルに強さがある。僕もとても気に入っているよ。ポーリもまたこうしたメンタルの強さを持ち合わせているね。」

今一度、レアルマドリードへの移籍を振り返って、後悔などはあるのか。
「間違いを犯したとは思っていないよ。キャリアを通じて、僕はマドリードのためにプレーしなければならなかった。そこではプレーはできなかった。望んで行ったわけではないにしろね。レアルというクラブは他のクラブとは完全に異なるクラブだよ。」

ACミランで全てを勝ち得た上、レアルマドリードに移籍したカカは間違いなくフォリクラッセなのだ。そんなフォリクラッセの道に進むだけの能力を持つ選手がミランにはいる。
「(マリオ・バロテッリについて)もし彼が望むなら、聖書のコピーはいつも渡せるよ。」

あまり交友関係などが表にならないカカの交友関係に関する質問には、ミランに在籍したレジェンドの名前が多く続く。
「(フットボール界で親友は誰かと聞かれ)いっぱいいるよ。パオリーノ、リーノ、ピッポ、クラレンス、シェヴァとは頻繁に連絡を取っているよ。最近はヤンクロフスキにも会ったね。老人ヤンクは僕達のCLの試合を見に来たんだ。ブラジル人ではリヴァウド、セルジーニョ、ジーダ、カフーだよ。」

ともにプレーしたのは、正真正銘のフォリクラッセ達だったのだ。
「(最強のチームメイトを聞かれ)ロナウド。彼はフェノーメノ。でも、メンタル面で言うと、パオロ・マルディーニとカフー。毎日彼らは狂ったかのように練習していたよ。いろんなものを勝ち取ったというのにね。」



こうした質問の中で最も注目されてしまったのは、本人の思惑とは別に、もしミランを離れるならばという断り付きで語ったアメリカ行きの話だった。
カカが語ったことの中心はそこにはなかったはずであるのに。
お読み下さった方にはおわかりいただけるであろう。
ここにカカが語ったのは身も心もロッソネーロ、交友関係もミラネッロのバンディエラの姿であったのだ。
スポンサーサイト

Tag:ニュースを読む  Trackback:0 comment:0 

プロフィール

Author:迫恵駆緒
セリエファン、アッズーリファンという視点からカルチョ、フットボール、サッカーを分析します。
賛否両論あると思います。
ぜひ、コメントで御感想などお待ちしております!!

最新記事
検索フォーム
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

スポンサードリンク(広告)
最新トラックバック
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。