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[ミラン]ミーノ・ライオラ、独占インタビュー全文訳:「ミランとの別れの時だったんだ。」

ミーノ・ライオラ「バロテッリはリーダーじゃない。リヴァプールは最後の旅先。」
代理人はバロテッリのミラン退団をこう言って説明した。「マリオはもう年齢を言い訳にはできない。一か八かだ。」
さらに、バルバラ・ベルルスコーニ女史にはこう言ってのけた。「とても失望した。」

「彼は驚いていたよ。何でマスターシェフはピッツァを作ったことがないんだって。」
スカイプの呼び出し音に続いて、デッカイ顔が出てきた。カルミネ・ライオラ、46歳。人は彼をミーノと呼ぶ。ノチェーラ・インフェリオーレ(カンパニア州サレルノ県)生まれ。子どもの頃にオランダ・ハールレムに移住し、父の修理工の仕事を継いだ。それからイタリアンレストランでも働いた。そんな彼が辛うじてスカイプのスクリーンに現れたのである。この男がワールドクラスの選手を動かしているのである。それもあたかもペグソリティアの駒のように。とりわけ1人の選手を。しかも頻繁に。そう、マリオ・バロテッリのことである。「Mr.5%」の異名(※「Mr.5%」の由来は、ライオラは選手の年俸の平均5%をエージェント料として受け取っているため)も持つ彼は今、マンチェスター空港からリヴァプールに向かっている。「バロテッリの契約は月曜日か火曜日に決定する。私には調整すべき細かな点がまだ数多く残されている。そうこうしている間にも、今日、バロテッリはメディカルチェックを受けるがね。」

さて、ピッツァとは。
「美味いピッツァを作ることはとても難しい。それから私がピッツァを作っていたというのは都市伝説だ。しかし、よく出来た作り話だ。父は1日18時間働いていたよ。レストランでは私があらゆることをしていた。皿洗いもしたし、トイレも洗った。それからテーブルをサーブして、木箱を降ろしたりもね。やったことがなかったのはただ1つ。ピッツァ作りだった。1度、ミハイロヴィッチにこう言ったことがある。「もし俺のことを攻撃してこないピッツァイオーロ(ピザ職人)を私の下につれてきてくれれば、褒めてやろう」とね。」

無知、インチキ、無礼、こういったことが全てを教えてくれる。
「私はいろんなことを言われるね。『デブ』、『ブサイク』、『やぼ』、『こん○○!』とか(訳者注:日本語で言うと「通風・陰○・禿・○○デブ・き○い」)。気にしちゃいないし、不平も言わない。私には自尊心がある。『私だ!』とね。私には思想の自由がある。それに表現の自由も。しかし、イブラがミランに入った時は代理人がより良く言われ、バロがリヴァプールに行くとなれば変人代理人と言われるのは正しいことではない。父は常々こう言ったものだ。真実は中庸のどこかにある(アリストテレスの「中庸」の概念)と。このことは私が知る限り、真実だ。」

では、何がライオラにとっての真実なのか。
「私がリヴァプールに(エージェント料として)誇大なパーセンテージで要求したというのは真実ではない。あのイギリスのクラブとの交渉はとてもスムーズかつ公正だったし、内容があった。3ヶ月前から事は運んでいたんだよ。スクープなことなどなかったんだ。リヴァプールは常にマリオのことで私が交渉している唯一のクラブだった。」

かのイギリスのクラブは素行に関する条項を加えることを望んでいると言われる。所謂、「バロテッラーテ」があった場合、僅かな金額が。
「言い方に悪気がある。マリオはリヴァプールの他の選手達と異なる形態で契約にサインするわけではない。彼は他のいかなる人とも同様にクラブの行動規範を尊重しなければならない。」

バロテッリがACミランに99.9%残ると聞いたときはホッとしたんですが。
「私の義務は自らのクライアントを傷付けるかもしれないようなことはどんなこともしないということ。公証人を前に真実を話すよう誓わされたわけではないからね!けれども正直であることは好きだ。3日前までは、何らオファーはなかった。リヴァプールとの話し合いはあったが、オファーはなかった。オファーがあるかと尋ねられれば、Noと言っていた。リヴァプールに話を持ちかけているのかと聞かれれば、答えはSiだった。真実はこうだ。私は数ヶ月に渡ってマリオのことで動いていた。ミランとの別れの時だったんだ。」

なぜ?
「私には説明できない。フィーリング。フィーリング。。。」

フィーリング?教えてライオラ。
「何か事実が、何か出来事が、何か諍いがあったわけではなかった。何もなかった。レポートされたような衝撃は真実ではない。私は常々、マリオのイタリア帰還には否定的だった。プレッシャー、過度の期待、メディア。。。イタリアでのプレーは彼にとって海外でのプレー以上に重く辛いものなんだ。しかし、マリオはこう主張した。「シティがミラン行きを望んでいる。代理人と選手の間の決定権はクライアントの方にある。」と。」

去るにあたって、ライオラには2つのミランへの感情が。
ガッリアーニとは大論争を繰り広げたよ。仕事は無慈悲なものだったからね。誰のことも考えていないよ。」

だが、あなたは交渉の場においては狡猾なカンパーニャのジェントルマン。
「もう終わりにさせてくれ。人として、ガッリアーニには敬意があるし、友人関係でもある。ミランでは、私といえども何かを非難することはできない。あそこは偉大なクラブだ。マリオは6-7ヶ月はいいプレーをした。チャンピオンズリーグに導く決定的な貢献もした。しかし、それから我々はリーダーになる準備が出来ていないことがわかった。」

それはずっとこの先も?あなたの意見を聞かせてほしい。
「その予想はどこにも書かれていない。私が探したのは彼が重要な選手の1人としてプレーでき、かつ、リーダーになることを求められない場所だった。リヴァプールにはジェラードがいる。マリオは守ってもらえるだろう。その点、リヴァプールはベストなクラブだろう。今は彼次第。失敗は許されない。」

クライアントにとって何がキツかったのか。
「人は皆リーダーとして生まれるわけではない。それに常に素晴らしいストライカーであることなどない。彼に必要なのは、こうしたプレッシャーから解き放たれること。楽にゴールを決められるようになれば。ただそれだけだよ。」

リヴァプールが最後の移籍先になるか?
「高確率でSiだよ。伸るか反るかだ。」

もし反った場合は?
「マリオは24歳だ。彼ももう言い訳できる年齢じゃない。」

ミランに話を戻して、あの片割れの女性について。
「バルバラか。彼女にはとても失望した。」

逆もまた真なり。(Viceversa.)そのように見えるけど?
「彼女は常にフレンドリーでエレガント。人生で3度だけお話したことがある。私は傷付けらた。しかし、私のことを言うならば、面と向かって言わないといけない。しかし、私に向けた言葉は不公平な形で私に伝わってきた。」

伝えられたことを伝える(relata refero:ラテン語)は決して信頼しない
「私にはミランに対して何ら責任はない。従業員ではないし、バルバラ女史から金銭を受け取ってもいない。私を使うべきではない。私は常にプロフェッショナルだった。それから、人生において間違うことはできない。完璧な人間などいない。私の関心は唯一、人々が私のクライアントと私の家族のことを考えてくれているかどうかだけだ。」

さあ、話して下さい。子どもたちにとって、ライオラの子であることに望みはありますか。
「ノー。私は世界最高の仕事をしているが、煩雑なものでもある。毎朝早朝7時には起き、1年で300日は旅、私の父がそうであったように1日18時間は仕事をしている。家にいたことなどない。ガブリエレとマリオ(ライオラの息子たち)にはそんな仕事は諦めてもらなわねばならない。イタリア人の典型的なメンタリティに則って父からそんな仕事を継ぐ、なんてことをしてはならない。」

マリオ?バロテッリに敬意を表して?
「ノー!父からもらった名前だ。」

では、あなたは子どもの頃、何を夢見たんですか?
「私もかつてはハールレムのユースセクターでフットボールをプレーしたよ。偉大なるバロンドーラーになりたかった。」

でも、下手だった。
「私はカンピオーネだった。それが私だと信じていただけだったが。私にも「ミーノ・ライオラ」のような代理人が必要だったのだろう。
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セリエファン、アッズーリファンという視点からカルチョ、フットボール、サッカーを分析します。
賛否両論あると思います。
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