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[月刊コラム Vice Versa 第2回]"「信じる」こと、デシマと無冠の2年間"

2012年2月12日、UEFAチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦。その日はメスタージャでバレンシアCFvsパリ・サンジェルマンの試合が行われていた。試合は前半、エセキエル・ラヴェッシとハビエル・パストーレのゴールが決まり、試合終了間際にバレンシアがアディル・ラミ(現ACミラン)の得点で1点を返すのがやっとだったあの試合、多くのバレンシアニスタだけでなく、リーガファンから、カルロ・アンチェロッティ(以下「カルレット」)の極めてイタリア的な試合の進め方に批判(「つまらない」「個人技便り」などなど)は殺到していた。さらには、試合終了間際に、パオロ・タリアベント(イタリア・カルチョ好きには有名な迷惑審判)がズラタン・イブラヒモヴィッチに退場処分を科したこともあり、非常に後味の悪い試合であったことも忘れてはならない。(3月5日にパルク・デ・フランスで行われたPSGvsバレンシアは1-1で終わり、PSGは準々決勝に進出した。)
それから3-4ヶ月後、カルレットはマドリードに行くことが決まった。極めて「イタリア人的」な監督は、ACミランでのビッグイヤーやチェルシー、パリ・サンジェルマンでのそこそこの働きを評価され(いや、その間に高まった「格」の方が重要だっただろう)、世界で最もビッグイヤーを掲げたチームの監督に就任した。
多くのミラニスタにとって、レアルマドリーは特別なクラブである。ミラニスタは「トロフィー」の数、特にヨーロッパの頂点に立った数や、世界規模のカップ(現「クラブワールドカップ」)の数に拘りが強く、それは選手も同じこと。多くの選手がこれまで「ミランを出るならレアルマドリーにいきたい」と発言してきたし、ティフォージもまた「レアルマドリーならば・・・(仕方ない)」と思う人々は多かった。もし、リッキー・カカがあの時、レアルマドリーではなくマンチェスターシティに行っていれば(ありえない話だった)、リッキーの2回目のミランは存在しえるものではなかったと筆者には思われる。


カルロ・アンチェロッティのマドリーは始まりから順風満帆なものではなかった。チームは完全に前監督ジョゼ・モウリーニョのフットボールに染まっていたからだ。筆者は特段ジョゼ・モウリーニョ前監督を良くも悪くも言うつもりはない。しかし、ジョゼのマドリーはとにかく「スピード」があった。しかし、カルレットのチームはそうではない(そもそもカルレットの見た目をもってして、「スピード」に拘りがあったら、まずは痩せることを誰もが勧めているだろう)。カルレットのカルチョはとにかく「バランス」を最適化することにある。速い攻撃もするが、じっくりゆったりとも攻める。そして、適切に守る。何もかもバランスが第一。これを習得するまでには最初のシーズンの半年は費やすことになった。
その半年の間、カルレットには各々の選手を知ることを第一目標だった。何人かの選手については改めて知る必要がなかったのが幸いした。何といってもクリスティアーノ・ロナウドには早くから「アンドレイ・シェフチェンコ」のイメージが持てていただろう。
カルレットに必要なものは「フォーリクラッセ」である。イタリア語で「桁外れの、ずば抜けた、規格外」といった意味を持つ言葉であり、カルレットにとってそれはマドリーではクリスティアーノ・ロナウドを指す。(パリ・サンジェルマンではズラタン・イブラヒモヴィッチ、チェルシーではディディエ・ドログバ、ACミランでは時にアンドレイ・シェフチェンコであり、時にカカであった。)カルレットはまず「フォーリクラッセ」を信じる。
次に「フォーリクラッセ」を自分のイメージの中で最も最適な場所でプレーさせる。カルレットにとって、クリスティアーノ・ロナウドは2トップのFWがベストであった。守備も免除できる。その時点で「10人の働き蜂と1人の女王蜂」の構図は決定していた。クリスティアーノに気分良くプレーさせること。その為に他の10名はより一層チームの為にプレーすること。(この考え方こそが極めて「イタリア人的」な所以である。)
詳しい戦術部分は抜きにして、そのカルレットのイメージは現在までも踏襲されている。昨シーズンであればシャビ・アロンソとアンヘル・ディ・マリア、今シーズンはハメス・ロドリゲスとイスコがその役目でより注目されるべき働きをしてきた。
チームの11名を決める過程もより端的なものである。チームの中でより良い選手と思う選手から順に11名を選ぶこと。よりチームにとって決定的な仕事が出来ると思う順。そして、その11名で適切なバランスを考えた配置をすること。メカニズムの基本は既に決まっている。「フォーリクラッセ」は絶対に「やりやすい位置」を基準点に配置すること。そして何よりも、選手全員がチームの為に働いてくれると「信じる」こと。
この成果が最初のシーズンから結果に繋がったことはカルレットにとって嬉しい誤算であった。そう、ジョゼ・モウリーニョを招聘しても叶わなかった「デシマ」の達成。順風満帆のシーズンだった。リーガを逃した、バルサやアトレティコに完膚なきまでに負けたことが多かった。しかし、カルレットは本業の「チャンピオンズ」を獲った。

2年目。監督として3度目のビッグイヤーを「シベーレス」で掲げたカルレットに待っていたのは、安堵の喜びの後の落胆だったかもしれない。それはアンヘル・ディ・マリアの放出であり、シャビ・アロンソの退団であった。特に困ったのはシャビ・アロンソの退団。アンヘル・ディ・マリアの代わりは先に見つけていたからである。そう、イスコ。しかし、シャビ・アロンソの退団は予期せぬ出来事であったに違いない。代わりは存在しなかった。シャビ・アロンソは攻撃面よりもむしろ、守備面でその存在感を強く発揮した。センターバックがサイドにつり出された場合のバックラインのカバーリング、そして、セットプレー守備における高さ。この働きは誰にでも真似できるものではなく、そのシャビ・アロンソをいとも簡単に失った点、しかもそれが8月の中旬から下旬に決まったことはカルレットにとって計算外だった。シャビ・アロンソの退団から、カルレットの2年目の苦労が始まった。根幹が変わらず、新たなシステムを見出すことは苦労が付きまとう。カルレットから見て、「レアルマドリー」は「クリスティアーノ・ロナウドのチーム」であることに疑いの余地はない。それ故、2トップの一角であり、左ウィングであるクリスティアーノという構図は動かしようがなかったのである。
詳しい戦術的な分析を繰り返すのはここでは控えるとして、結果だけを言えば、「ディ・マリア役」はすんなりイスコ、ないし、ハメス・ロドリゲスという結論に収まった。そうすると、必然的に「シャビ・アロンソ役」はトニ・クロースとせざるを得なかった。配球のテンポに関して、トニ・クロースは前職のシャビ・アロンソよりもよりポゼッションサッカー向きであったことは確かであった。しかし、守備はというと、一切の守備のセンスを持ち合わせていたとはとても言い難い。故にバックライン(特にペペとセルヒオ・ラモス)が頼みの綱であった。しかし。。。
怪我が相次いだ。ルカ・モドリッチというマドリーにおいて替えの効かない選手が離脱し、必然的にイスコとハメス・ロドリゲスの併用が必要となった。しかし、その控えはアシエル・イジャラメンディ。守備はイスコやハメス・ロドリゲスよりも拙いものだった。特に激しい当たりは出来ない。結果的に1人主力が怪我をする度にチームのレベルは1段、いや、2段も3段も落ちる結果となってしまう。しかし、意図的にチームを落とすことは出来なかった。マドリーは常に勝たないといけない。だから、カルレットは常に「1試合1試合ベストメンバー」を起用する。コパ・デル・レイ以外、落としどころのないチームだった。(そのコパ・デル・レイでさえも、負けることは許されないのがマドリーというクラブである。)次々に疲労が溜まる選手達。そして、試合に出ることが出来ない若手。その差は歴然だった。そして、怪我人続出へ。。。

転機が訪れたのは、UEFAチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦2nd legだったという。相手はシャルケ04。敵地で2-0と勝利していたマドリーはホームでご乱心。3-4で敗戦するも、辛くもゴール差で準々決勝に進出したゲームだった。あの試合でさえ、勝ち抜けたとしても敗戦は認められなかった。そして、もっと言えば相手の攻撃的なフットボールに対し、狡猾さを打ち出せぬまま点を獲られ続けた内容も許されるものではなかった。そして、その1週間半後。カンプ・ノウでのクラシコで敗戦(2-1)。蓄積し、悲鳴を上げ続ける選手達の身体が、カルレットにそのままBadな雰囲気を齎したと言える。その後、ほんの3ヶ月前までは連勝に次ぐ連勝2014年を終えたばかりだった空気が一変していた。カルレットはフロントからの信頼を感じなくなった。だからこそ、代理人のエルネスト・ブロンゼッティは次期監督を探していると言われていたマンチェスターシティからの話を聞いた。(これはエルネスト・ブロンゼッティが所属チームの意思を確認する為に取る策としてしばしば使われるものである。そして、アンチェロッティにその気はなくても、一応、話は聞くという事態が意味するものは大きいと筆者は考える。)
2015年4月、最後の力を振り絞るようにマドリーはほぼ連戦連勝を繰り広げた。ビセンテ・カルデロンでのスコアレスドローも、セルヒオ・ラモスの中盤起用という約1年半振りの奇策で乗り切った。しかし、5月、今シーズンのリーガで最も組織力の高いチームのうちの1チーム、セヴィージャとの一戦をギリギリの勝利で乗り切ったあたりから再び選手達には疲れが出始める。4月にカルレットの為に頑張った選手達は再び、ユヴェントス戦で崩壊した。強度が保てないチームは続くバレンシアにドローでリーガ優勝の望みが薄まり、続くサンチャゴ・ベルナベウでのユヴェントス戦もドローに終わる。この時、カルロ・アンチェロッティの解任は決まったのだろう。告げられることはなかったものの、カルレットはハッキリと自らが解任されることを悟ったに違いない。
あとはカルレットの孤独な戦いだった。最後の最後まで「信じる」ことがカルロ・アンチェロッティ、その人となりだから。選手も、そして、スタッフも、そして、フロレンティーノ・ペレス会長も。「信じる」ことで選手は自らを救ってくれた。そして、スタッフも。。。

カルレットの解任にあたって、筆者はマドリディスタの皆さんや選手達、そして、スペインメディアの暖かい支援を見た。しかし、筆者はカルレットをこよなく愛する側の人間として、思うことをここからは書こうと思う。
解任は当然の結果である。
確かにカルレットがレアルマドリーに残したものはあっただろう。1番大きいものは「デシマ」だろう。しかし、無冠は無冠。しかも、良くない負け方や負けてはいけない試合の敗戦があった。だからこそ、解任は仕方のないことである。筆者にとって最も嬉しかったのはカルレットが「信じる」皆さんからの暖かい反応であり、きっとカルレットにとって最も幸せなことだったと思うから。率直に申し上げると、こんなに「最高の終わり方」を筆者は予想し得なかった。「極めてイタリア人的」なカルレットがこれほどまでの賛辞が送られ、惜しまれることを。だからこそ、これでよかったのかもしれない。。。
次の監督は誰になるのか、筆者には知りえない。しかし、新監督候補の代理人はマドリードにいる。だが、新監督はダレデスかはわからない。しかし、マドリーに栄冠が再び見えたのである。要求は限りなく高い。しかし、それを成し遂げた監督は、ひどく疲れたものを癒す為、そして、首の狭窄の手術を受けるため、明日、マドリーからフランクフルトを経由して、バンクーバーへ旅立つ。選手が感じた肉体的疲労と同等の精神的疲労(インタビュー拙訳:カルロ・アンチェロッティ"Il Giornale"へのインタビュー ~「レアルでの2年間でとても疲れた」~)を今頃感じながら。。。今日は「最後の晩餐」である。
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テーマ : サッカー
ジャンル : スポーツ

Tag:月刊コラム  Trackback:0 comment:4 

Comment

迫恵駆緒 URL|Re: タイトルなし
#- 2015.06.21 Sun03:39
コメントありがとうございます。
2年間、マドリーを通じてリーガの試合を多く見ることになり、非常に楽しかったです。
ラファ・ベニテスのマドリーについてはどうなるか見てみましょう。
実際のところ、解任されたことに対しては「仕方ない」という感想もあります。
カルレットの首の狭窄の手術のリハビリが今は最優先です。
迫恵駆緒 URL|Re: タイトルなし
#- 2015.06.21 Sun03:37
失礼致ししました。訂正しております。
ヘボ吉 URL|
#- 2015.05.29 Fri20:17
読ませられましたわ。
バルセロニスタからすると、アンチェが監督じゃ無くなるのは複雑な心境ですわ。噂に上るベニテスなら正直怖くないので、リーガが楽になる反面、面白みが無くなるかなと思いますわ。
しかし、解任とは相変わらずペレスはサッカーをわかってないですね。
スミ URL|
#- 2015.05.28 Thu22:22
初年度の成績についての記載ですが、コパ獲ってますよね?
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セリエファン、アッズーリファンという視点からカルチョ、フットボール、サッカーを分析します。
賛否両論あると思います。
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